前回のPHPのメモリ管理破綻とRCEの騒動を見て、「ふう、やっぱりサーバーを立てずにCloudflare Pagesに上げておいて本当によかった」と心の中でそっと安堵したものだ。
ところが、それから数日もしないうちにNode.js側でもセキュリティ脆弱性のニュースが飛び込んできた。
こうなると、「あの言語は安全だ、この言語は安全だ」という論争自体に何の意味があるのかと思ってしまう。世の中にハッキングされないランタイムなんて存在せず、結局人間の手で作られたソフトウェアはいずれ燃え上がる運命にあるらしい。
1. Node.js生態系まで燃え上がるのを見て
今回も例に漏れず、Node.jsの生態系やランタイムレベルで脆弱性トラッカーがピカピカ光っているのを見ていると、背筋がまたひんやりとしてくる。
もちろん、厳密に言えばNode.jsはプログラミング言語自体ではなくV8エンジンベースのランタイム環境だが、結局その巨大なエコシステムや依存関係のどこかに穴が空けば、下位構造を使う側としてはどうすることもできない。
先日のPHP騒動の時、世界中のサーバー管理者がコードを修正する間もなくコアレベルでやられ、どうすることもできずに公式パッチを首を長くして待ちわびるしかなかったように、ランタイムやプラットフォームレベルの問題は個人で防御するにはあまりにも巨大な災いだ。
もちろん、私が作ったSvelteKit Blog Engine(SKBE)は、純粋なNode.jsサーバー環境で直接プロセスとして動かす構造ではない。
Cloudflare Pagesのnodejs_compat上でV8サンドボックスに隔離されて動いているため、「ふっ、ハッキングされても所詮サンドボックスの中だわ」と精神勝利することはできる。
2. では本当のセキュリティを求めるならどこへ行くべきか?(feat. GoまたはRust)
しかし、ランタイムのエコシステム全体が揺らぐのを見ていると、結局自分の手の届かない外部の依存関係やパッチに運を委ねるしかないのかという根深い懐疑感が押し寄せる。
考えがここまで至ると、どうしてもこう考えてしまう。
真のセキュリティとパフォーマンス、そしてメモリの安定性を極限まで追求するなら...結局NodeやPythonのようなインタプリタ・ランタイムベースを離れ、GoやRustのような言語でバックエンドを直接カスタマイズし、コンパイルされたバイナリサーバーで構成するべきではないのか?
Rust: コンパイル時にメモリ安全性を強制するため、PHPやC/C++系で頻発するメモリ汚染やバッファオーバーフロー系の脆弱性を構造的に防御できる。
Go: 軽快で高速なバイナリ1つで綺麗にデプロイでき、重いランタイムレイヤーや複雑な依存関係の連鎖から生じるアタックサーフェスを大幅に減らすことができる。
必要な機能だけを最小限に絞ってC/Go/Rustで単一の実行バイナリを作り、ミニマルなサーバー環境に乗せておくことこそが、セキュリティの観点から外部パッチ待ちを回避する最も確実な「安住の地」なのではないかと思う。
3. しかし現実には...
...と頭では考えるものの、いざ「じゃあ今すぐブログエンジンをRustで書き直すのか?」と問われると、静かに別のタブを開くことになる。
小規模なブログエンジンを一つ作るためにRustの所有権トレイトと格闘したり、Goでルーターやミドルウェアをゼロから書いたりしているところを想像すると...セキュリティを気にする前に自分の寿命が縮みそうだ。
もちろん、最近は強力なコーディングツールやAIがあるため、その気になればそうした言語でもゼロからサクッと作り直すことは不可能ではない。
だが、そうしてツールを駆使して作ったとして、デプロイや維持費用まで考慮してみると、むしろ各個人が自分の好みに合わせて直接コードを書き、細分化された構造で運用するほうが、中央集権型のサービスよりも最も安全で理想的な代替案なのかなと思ったりもする。
...とはいえ、こうして開発エコシステムの底上げが進み、AIが勝手にコードを書き上げてくれる時代が来れば、個人がブログエンジンをわざわざ自作するというこのささやかな行為自体も、結局はすべて空しく無意味なものになってしまうのではないかとも思う。
結局のところ、現在のSKBEの構造(CUDロジックなし、Raw String処理、指定IPルーティング隔離、エッジサンドボックス実行)こそが、「自分の面倒臭がりさと無知」を守ってくれる最もコスパの良い防衛ラインなのだという結論に戻るのだ。
誰も訪れない静かなブログで、今日もインターネット世界の炎上ニュースを眺めながら、静かにサンドボックスの中で平和を噛み締めている。

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